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「大震災から3年 最終」

3月14日 曇時々雨
一時の寒さは和らぎましたが朝からお日様が顔を出さず寒いです。
それでも昼過ぎに7km走って来て気分転換できました。

3月10日から書いてきました「震災から3年」は今日で終わります。明日からは「団塊の世代」の続きを書きますのでよかったら読んでください。

「震災から3年 最終」
田老に住んでいた一番上の姉も、家が無くなったことは覚悟はしたようだった。

まずは何とかして行ってみようということになって田老に向かって出発。情報では、田老の橋の手前までは車で行けるらしい。
田老までは15kmくらいの距離だが、宮古市内を抜ければ海の側を通らない国道45号線は田老の手前までは順調で、情報通り橋の手前で左折させられて空いている所に駐車して、そこからは徒歩で。

町内の国道は自衛隊が復旧中で、スーパー堤防の上を歩いて行くことに。この堤防を超えた津波、誰も考えられなかったろう。
1kmちょっと歩いて、本来だったら姉のの家があった辺りになんにもない。30mくらい離れたところに2階部分だけが残っていたのを姉が見つけた。
洗濯機状態じゃなくて、木の葉状態で移動したのだろう。姉も、周りの家も同じ状態だからか落ち込んでいなかったのでホッとした。

この震災でラッキーだったのは、震災の当日にガソリンを満タンにしたために、スタンドに並ばなくて済んだこと。

アンラッキーだったのは、カメラ以外の荷物と財布を実家に置いて避難したために着の身着のままになって、運転免許証とかカード類の再発行の手続きが大変だったこと。
交番へ届けたら、仮免許証は発行しないということで「事故だけは起こさないでください」だった。お金も ウン万円入っていた(正虎氏とかにも協力を得て探したが今だに行方不明)。

震災後やっていること
ガソリンは目盛が半分になったら給油するようにしている。
ティッシュ、トイレットペーパー、灯油、飲料水は在庫を維持。
電気を使わない石油ストーブを購入して押入れに入れてある。

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目に飛び込んできたのが、三陸鉄道の線路の上に屋根が

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スーパー堤防 ここを超えて町の中へ

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堤防の内側ですよ どれほどの津波だったのでしょう

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ここも「なにもかにも」です

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姉の上の2階部分が見つかりました

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多くの家が引き波で堤防にぶつかって着地したようです

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これは宮古駅近くの閉伊川のJR山田線の半分にちぎれた鉄橋 今も手付かずです

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この○印は、家の中に人が居ないのをチェック済の印だそうです
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千葉県佐倉市在住のガンコじいさん

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